日々の出来事を通じて舞台裏をお見せする編集部ブログ

都心で暮らす

RTJ不動産MLの皆さんに、編集部・小川のマイホーム購入について、お話ししたところ、早速、北海道の北の田舎者さんから、
「小川さん、一城一国の主ご就任おめでとうございます。いや~ 我が北の田舎でしたら隣近所に気にしないでサックス吹き捲くりの家なんかごろごろ。なんせ隣の家見えませんから! しかもWRCらしきコースもてんこ盛り! これはやっぱり北の田舎に城を構えるべき!! さあ、そんな人混みな都会の家は売却して、今すぐ田舎暮らしを!」
というコメントをいただきました(^-^)/

いやぁ、ホント、北海道の大自然を考えると、確かに都心って超過密なんですよね。でも、いきなり売却ってのは、ちょっと小川が可哀想ですね (^_^ ;)
でも、小川も、
「北海道は、ちょっと遠いですけど、将来的には関東近郊のどこかの山に山荘を建てたいという【夢】は持っていますよ! はたしてそれがいつのことになるのかは??」
って感じで、狙っているようです!?
ちなみに、編集部員の予想では、あのサーキットがある、あそことか、あそことか…です!

それにしても近年、リゾートや田舎暮らしが騒がれている反面、都心のマンションなども人気が高かったりするんですよね。
でも、そんなブームになる前から、都心に住みつづけてきた人が、編集部には一人おります。そう、磯部です。そして、実は昨秋(2006年9月15日)、雑感をまとめて「人の目線と都心時住宅地の移ろい」なんて記事を書いていたんですよ。
ちょうど良い話題になりましたので、以下、改めて掲載させていただきますね!


●人の目線と都心時住宅地の移ろい

 家から会社まで地下鉄で二駅(door to door で約25分)という、恵まれた?職住環境で生活をしてい私は、週二回を目標に徒歩通勤することを公言している。
 といっても、会社にシャワールームがあるわけでもなく一日中汗臭いままで過ごすのははばかられる、っというエクスキューズで、夏の間はちょっと小休止だった。やや過ごしやすくなってきた今日この頃、そろそろまた再開できそうだ。

 1983年から15年以上住んだのはJR山手線目白駅から徒歩約15分の古い賃貸マンションだった。それまでは西武池袋線で20分位の所のアパートの一階に住んでいたので、山手線の内側に住むということには相当の度胸が必要だったし、自分で小さな事務所を始めたばかりの時期でもあり家賃を払えるかどうかの自信は皆無に等しかった。しかも、目白というロケーションに馴染みがあった訳ではなく、単に女房の仕事場と私の事務所(友人の事務所の隅っこに机を置かせてもらっていたのだが、場所は青山だった)との真ん中辺に住むということだけのために、地図上で目白というコトに決めていただけなのだった。しかも、いくつか物件を案内してもらった中で建物は1960年代後半建築で一番古いのに家賃が一番高い物件だった。
 「この家賃本当に払えるだろうか。」っと不安に駆られながらも勢いで借りることに決めてしまったのは、ベランダからの"眺め"に感動したからだった。神田川から一挙に坂を上がった高台の6階からは、南・西方向に視界を遮るものは何もなく、新宿西口超高層ビル群が目の当たりに迫る以外は、ベランダに建った時の目線に入るのは、広ーい空、学習院の森、晴れた日に遠く浮かぶ富士山だけ....といっても過言ではなかった。
 季節や天候の善し悪しでその姿を様々に変える超高層ビル群や富士山を毎日眺めるのは、それはそれは気持ちのいいものであった。自然の景色ではなく都市の景観を上から見下ろすことのできる眺望は、例えば「世の中すべてを見渡すことができる」立場に立ったとしたらと感じるであろう快感と同じかもしれないような快感ををもたらすのだった。
 一時期は事務所も同じマンションの一室に移転し、365日の生活を眺めと共に過ごすことになったのだが、その後自宅や事務所を移転する際にも、「眺め」は棄てきれない重要な要素であった。

 ところで、数年前から街の其処、此処に超高層マンションが急に増えてきた。20階建位は今や序の口。35階建、50階建なども驚かなくなってきたほどだ。「眺め」のある生活をしたことのある者としては、50階の総ガラス張りリビングルームから望む景色は、さぞかし気持ちがいいだろうと、容易に想像がつく。いつの日か、何億円もするであろう最上階に居を構え、眼下を眺めながら、「人生を上り詰めた」という満足感に浸ってみたいと思わないといえば嘘になる。

 しかし、徒歩通勤をして「超高層建物の壁」にぶつかることがよくあるのだが、天に向かってそびえる超高層建物の周辺は、まるで眺めが吸い取られてしまったかのように、ある方位の眺めが建物の壁に取って替わられてしまっているのだ。"地に足がついた"高さでの目線の景色が、都心では平凡で貧弱にさえ思われてきてしまうのだ。

 都心に住むというのは、目線の高さが地上100メートル以上になった時に初めて勝者の快適さが与えられるということなのだろうか。
 一方、眺めの貧弱さを余儀なくされてしまったとしても、小さな庭先で四季折々の草花を楽しことのできる地に足のついた人の目線での生活は大多数のライフスタイルとしてあり続けるのも確かである。

 夏の間さぼっていた徒歩通勤を再開すると、地上の眺めが壁でまた狭くなっているのを発見することになるのかもしれないが....。

┗ 2007年7月30日 (月) 公開 日常風景もろもろ |


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